FARM CANNINGとの出会い

FARM CANNINとの出会いは2016年3月のある日、知人のFBでの呼びかけに始まります。
湘南国際村の森と畑の学校で、畑でとれた野菜をその場で瓶詰めにする講習会が始まるので、その募集がありますよ、という内容でした。

もともとジャム作りを趣味で行っていたことや、また、未来食堂で家庭菜園から大量の野菜がきたらどうするの?という質問を投げかけられていたこともあり、募集をみて3秒くらいで、講習会参加を決めていました。

その内容は、参加者自らが畑を耕し、野菜を育てること、収穫された野菜をその場で瓶詰めにすること、毎月の野菜の宅配サービス、という1年を通して畑の営みに触れる機会が盛り込まれたもので、FARM CANNINGのスクール事業として2016年4月から取り組むものでした。

興味というのは、ものすごく重要で、たくさんの情報から、自分に必要な部分だけを頭にインプットする判断基準となります。まさに、この時も、興味のある「畑で瓶詰め」だけがインプットされ、自ら野菜栽培等々をやるのだと気がついたのが参加初日のことだったのですが(笑)、スクール参加は大英断だったと振り返ってみると気がつきます。

4月のある日曜日が参加初日でした。ここで、「ああ、参加は早まった判断かも」と感じたのも事実です。というのは、私以外の参加者は、小さなお子さんのいる家族連れやご夫婦での参加でした。
日曜日を畑で過ごす!って、そりゃそうだよな〜、家族の思い出作りだよなあ、と気がついたのが初日というのは、独身者の鈍感さ?ゆえでしょうか(笑)。
職場で名刺交換をすることはあっても、家族を交えた自己紹介や子どもも一緒に作業する、という機会に触れてこなかった私にとっては、大きな大きなショックでした。

その一日を一言で表現すると、すべてが予定通りに流れていかない・・・

これは、それまでの仕事の環境からすると、あり得ない状況に陥っていることになります。
予定通りに進めるために、準備をして、極力ミスがないように進める。
計画は動態的である、という仕事の師匠の言葉を頭でわかっているつもりでも、やはりリアルなこととして理解していなかったのだと、後からは租借できるようになりましたが、FARM CANNING初日の心を揺さぶられる感は相当なものでした。

この揺さぶられ感は、3ヶ月くらいは続きました。けれど次第に、参加者それぞれが自分の興味の分野に集中し始め、家族団らんの会から、家族それぞれが自分のペースでやりたいことをやる会に変わっていきました。
ママ達も子どもはパパに預けて瓶詰めをやりたいし、パパ達も日頃は十分でない子ども達との時間やアウトドアでのDIYを楽しみたい。
いろんな人とコミュニケーションをとることで、初日には見えなかったことが、少しずつ見えてきました。
そして私も初心であった「瓶詰めを学ぶ」ことに自分自身が集中し始め、野菜づくりは他の方に任せよう!と、畑づくりには顔も出さず。。。(畑作業をやってくれたみなさん、ごめんなさい!)
なぜかランチづくりの手伝いも始め(笑

FARM CANNINGのすごいところは、自分のやりたいことを自分のペースでできるところなんだ、とゆっくりと気がついていきました。
これは、私にとって、大きな価値観の変化でした。
かつて30代初めにドイツで暮らしたとき、いかにそれまで均質化された環境で生活してきたのか、と愕然としましたが、その時以来の心ふるえる時でした。
予定調和でノーミスというよりも、いかに現場で、その状況に合った判断と行動ができるのか、それが可能な経験と体力が求められる場がFARM CANNINGであるならば、それにどう取り組んでいけるのか。大きな興味が私の中にわいてきました。

2016年秋から始まったスクール2期では、ランチ担当のスタッフとして参加が始まりました。また、翌年からは瓶詰め販売にむけた製造スタッフとしての参加させていただき、日々変わる野菜達と向き合う時間を継続的に持たせてもらっています。
スーパーマーケットに並ぶ規格におさまった野菜とは違う、規格外野菜達は季節ごとに変わります。また、同じにんじんでも、産地や農家さんによって味が全く異なります。

状況が変わることを前提に、多様な価値を最終的にどうまとめていくのか?

FARM CANNINGを通して、私が取り組んでいくあらゆることの大きな大きなテーマとして見えてきたことです。

長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
みなさまにお会いできることを楽しみにしております。

Farm Canningとの出会い その前夜

ひので食堂を逗子・渚小屋で開業するきっかけを作ってくれたミラクルメーカーFarm Canningとの出会いを振り返ります。

Farm Canningは、逗子を拠点に市場に出せない規格外野菜を農家さんから直接買い取り、無添加で食卓に便利な瓶詰めを作る集団です。

瓶詰め製造の他、「もっと畑を日常に」をモットーに、横須賀・葉山の湘南国際村の一角(といっても7ha)で農業を営む森と畑の学校でのスクール事業や、農家さん向けに瓶詰め加工の講座の開催など多彩な活動を展開しています。

この瓶詰めスクールに、2016年4月から1年間ほど通い、年間を通した畑づくりと収穫される野菜の瓶詰め加工のあれこれを学んでいました。
春は葉物や新タマネギ、夏にはトマト、ナス、キュウリなどの夏野菜。。。当然、冬には、トマトやレタスは畑にはなく、自然の中で育つ季節ごとの野菜のあれこれと、そのうま味を引き出しながら長期保存可能な瓶詰め加工を学ばせていただいたことは、大きな収穫でした。

そのFarm Canningにたどり着いたのは、さらに森と畑の学校のクラウドファンディングに遡ります。

2015年の春、森の再生と里山づくりを掲げたクラウドファンディングの記事を見つけます。何気なく読むと「湘南国際村」という場所に目が止まりました。
湘南国際村は、バブル期に開発され企業研修施設や教育機関、住宅が整備された新しい街です。バブルが過ぎ、土地神話なるものが本当に神話だったのか?という時代に入ると、さらなる開発は断念され未整備部分の土地は神奈川県に民間事業者から寄付された、と聞いていました。
私も湘南国際村に住宅地開発の視察として訪れたことや、また企業用地の販売パンフレットの作成に携わっていたこともあり、正直「あの湘南国際村で農業を?」と疑心暗鬼の混じる興味がわき、「農業生産法人パラダイスフィールド」と名乗る団体を応援したくなったわけです。

このクラウドファンディングをきっかけに森と畑の学校を訪問する機会が増えました。非常にユニークな畑で、自分で収穫した野菜を計量し、その代金を払う「畑のスーパー」方式をとっています。

夏のある日、ハチミツ収穫のWSがあるということで、当時3歳くらいの甥っ子を連れて畑に行ったところ、彼にとっては、ハチミツを収穫することはもちろん、生まれて初めて、舗装されていない道を歩く、という体験をしました。

道なき道をまさに手探りで歩く。現代の3歳児でもできるもんなんですよね。遊び場所は整備された公園が当たり前の時代に、野原で土に触る、というのは貴重な体験です。

私が子どもの頃には、当たり前のようにやっていたことが(横浜市出身ですが、当時は田畑や雑木林が近所にあり毎日遊んでいました)、宅地開発の拡大と縮減の時代を経て再び、次世代の体験の場となっていく。

20年以上、都市開発の場で仕事をしてきた中で、「この次の世代の開発はどうなるのか?」と、この数年考えてきた私にとっては、ひとつの解に出会えた気がしました。

巨大資本が為しえなかったことを、ほぼ一個人の組織が、自然と向き合いながら、粛々とやっている。

土地も野菜も、市場性がない、と切り捨てられたものに価値を創り出す。

これって、すごいことじゃないですか?

大企業も大規模開発もあるべき存在と思いますし、彼ら(彼女ら)が果たすべき役割は非常に大きいし、どんどん突き進んで欲しい。
それと同じくらい、個人が、どうやって、存在しないものと見なされたものに価値を見いだせるのか?創り出せるのか。
これが、これからは多様性の時代といいつつも、クリーンで均質なものを好んできた自分にとって、ひとつのテーマとして降り注いできたことでした。

Farm Canningとの出会いはまた次回。

長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
みなさまにお会いできることを楽しみにしております。

未来食堂で学んだこと

店主は、2016年の1月から2017年4月まで、未来食堂でまかないとして飲食店の営業実務を経験させていただきました。
その内容は、多岐にわたり、仕込みから接客、清掃、メニュー決めと材料発注の数量検討など、1年と少しの期間でしたが、内容は非常に濃い関わり方をさせていただきました。
本来であれば、未来食堂のまかないとは!と、その内容を整理すべきでしょうが、実は、まかないとして参加するにあたって、強烈に自分の中で価値観が変わったことは、「飲食店のいろは」的なことではなく、「働くとはなにか」についてでした。

未来食堂のまかないとは?
ホームページには、50分働いたら1食サービスします、と説明があります。

つまり、まかないは、従業員やバイトのように、給料を前提とした雇用形態ではありません。
あくまでも定食1食を対価として50分の労働を未来食堂で行う、というシステムです。

 
では、私は、1食を食べたいが為にまかないをしていたのか?というと、それは違います。
まかない、を通して得られる飲食店の営業実務を学ぶために、早朝から時には閉店時までお店で働いていました。
今日的に表現すれば、超ブラックな働き方です。
しかも無給での労働です。
これは、他の方からみたら「なんてボランティア精神に満ちあふれた人なんだろう!」と評価いただくことにつながります。

実際、まかない中にいくつかのメディアの方が取材に入られることもあり、まかないさんのインタビューとして、私もマイクを向けられたことがありました。

インタビュアー:他にお仕事をしているのに、まかないをしているのですね。食堂でまかないとして働くことは、あなたにとって(お金をもらう仕事よりも)素晴らしいことなんですね!
私:そんなことはありません。どちらが素晴らしい、ということではありません。
インタビュアー:ボランティア精神に満ちあふれているんですね!素晴らしいですね!
私:これはボランティアとしてやっていません。お金をもらわないから素晴らしい、ということではないです。

こういったやりとりのインタビューが実際にあり、今でも笑い話として未来食堂では話されています。

労働の対価としてお金をもらわないから、素晴らしい。というのは、発生している事象を安易に甘い感情の言葉に置き換え過ぎています。
ボランティア精神を発揮してまかないをしているのであれば、未来食堂に対して「奉仕の精神」を私が持っている、ということになりますが、そんな感情も全く持ち合わせていませんでした。

では、なぜ、超ブラックな働き方をしてまでまかないに通い続けたのかといえば、未来食堂でしか、自分の条件の範囲で飲食店修業ができる場所がなかったからに過ぎません。
逆にいえば、未来食堂にはお金に換算できない飲食店としてのいろはを学ぶ価値がある、ということです。
労働すれば、給料をもらう。これは、労働=給料の等価交換です。お金という、交換価値の高いシステムを通すことで、労働の対価価値は決定されています。自給1000円であれば、1000円としての働く価値となります。
けれど、そのシステムを通さないことで、労働の価値は、私個人にとっては無限大となります。
これは、一見すると労働者側に不利な条件のように見えますが、実は、お店側に厳しい要件を課すことになります。労働者にとって、無限大の価値を与えない限り、まかないをする人は集まらない、ということです。
しかも、まかない希望者のニーズは多岐に渡ります。一度やってみたいという方から、飲食店開業希望者や飲食店経験者まで多様な働き方を求めてお店にやってきます。
これは、大変なシステムだな。と、働き始めて2〜3ヶ月ほど経った頃に気付くことになります。お金に換えられない価値を生み出し続ける。これがまかないの真髄と、私は解釈しています。

働くとはなにか?お金とはなにか?働きながら学ぶとはなにか?
まかないを通して考え続けていたことは、実はそんなことばかりです。

ひので食堂でもまかないを採り入れています。
どんな価値をお互いに生み出していくことができるのか?
お金に換えられない価値を生み出す。
すべてはこれからですね。

長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
みなさまにお会いできることを楽しみにしております。

店主

未来食堂との出会い

前回のご挨拶の中で、なぜ、店主がひので食堂を始めようと考えたのか、をお話しました。今回は、その続きです。

2015年の夏頃でしょうか。
家庭菜園でとれた野菜をもっとたくさんの人が食べられる定食屋をやろう、と、思いついたものの、「どうすればいいんだろう?」と途方にくれました。
身近な人々に話しをしても、「やったこともないのに!」「今の仕事はどうするの?」と、ポジティブな答えが出るわけもなく。。。(笑

そんな鬱々とした日々を送っていた2015年11月のある日、ぼんやりとFBをながめていたら、「未来食堂」の文字が飛び込んできました。
「50分働いたら1食サービス」という未来食堂の運営スタイルの紹介記事だったと記憶しています。
一人の女性が店を切り盛りする、というスタイルに興味を覚え、未来食堂のHPを検索しました。
未来食堂のHPをご覧いただくと理解いただけますが、普通の飲食店らしからぬ内容です。
そもそも飲食店なのに「システム」という言葉が出現してきます。それは、未来食堂店主の経歴によるものと、後から知ることになりますが、まずは行ってみなければ!と、12月の中旬に初来店を果たしました。

その時のメニューは「豚の生姜焼き定食」。
食べた感想は、「普通だな」というのが正直なところ。小鉢のジャガイモの揚げ浸し的なものが、美味しかったと覚えています。
この「普通だな」が、とても大事だと、後々、気付かされることになりますが、それも、またの機会に。。。

 

そして、この時も、まかない、としてバイトでもなくパートでもない方が接客をされていました。その方に、「私もまかないに興味があるのですが」とお話をして、後方から出ていらしたのが、店主小林せかいさん。

非常に淡々とお話をしていただき、「年明けからまかないをしたいので連絡します」、と連絡法を交換して店を出てきました。

なぜ、未来食堂に通い始めたのかを振り返ります。
まず、私はこれまで20年以上も続けていてきた仕事があります。10年以上前に会社をつくっているので、その仕事をやめます!と、言うことはできません。ただ、自分のこれからの未来を考えた時に、どうするのだろう、と漠然と考えていた時期でもあり、今までの仕事を継続しながら、新たなことを始めるための準備をしたい、と、ある意味、欲張りな希望を持っていました。

新たなことを始めるための学びの場として、調理学校に通って、飲食店で下積みを数年して、と通常の料理人の方と同じ道を歩むことは、私にとっては、実務上も、年齢的なことを考えても現実的ではありませんでした。おそらく、下積みをしている間に私は疲弊し、経済的にも立ちいかなくなるでしょう。(※私の場合は、です)

また、20代に習い事をたくさんしているので「習えば、事業を興せる」なんてことはない、と感じていました。
現実の事業として、現場に出ながら実践できる環境を求めたときに、未来食堂のまかない、は、まさに私の希望を満たす要件を備えている、と理解し、ここで修業させていただこうと決心しました。
そして、あけて2016年1月(たしか7日だった記憶があります)から、未来食堂のまかないとして週2日を目安に通う日々が始まりました。

ここでは、本当にたくさんの経験をさせていただきました。そして何より、小林せかいさんの顧客ニーズをとらえながら、経営のシステムを組み立てる手法を拝見させていただいたことは、これからの大きな糧となると感じています。

まかない経験については、またあらためてお話させていただきますね。

長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
みなさまにお会いできることを楽しみにしております。

店主